8月31日(水) 開校記念式

東仙台小学校は、開校57周年を迎えました。初めに校長先生からお話がありました。

開校当時の様子が、コンピュータでプレゼンテーションされました。子どもたちの昔の写真を見て、驚きの反応があがりました。

第1回卒業生で、同窓会長さんから開校当時のお話がありました。

児童を代表してのお話です。(今日は前半のお話です)

 今年東仙台小学校は、開校57周年をむかえます。東仙台小学校の卒業生であり、わたしの先ぱいでにあたる祖父と母に昔の学校の様子を聞いてみました。
 この学校は、昭和23年9月1日に開校しました。児童数は、約1130人で19クラスだったそうです。計算すると一クラス約60人の子どもが勉強していたことになります。その数に驚きましたが、教室の広さは、今と変わっていないと聞いて、わたしはますますびっくりしました。
「こんなにたくさんの人数で、ふつうに勉強できたのか」

と思い、もっとくわしく聞いてみました。するとその当時は、午前と午後の二部に分かれて授業していたそうです。更に祖父が小学生だった昭和34年ごろは、2342人となり、これまでの東仙台小学校で一番多い記録だそうです。今からは考えられrないことなので、学校の歴史を感じました。

 母の思い出からは、木造校舎の話を聞くことができました。今の遊具のあった場所に古い木造校舎があったそうです。そこで、1,2年生が勉強をしていました。今の新しい校舎が建てられた数年後、その木造校舎は、取りこわされたそうです。母は、

「思い出がいっぱいつまった校舎だったので、悲しかったし、寂しかった。」

と言っていました。

 学校の30周年の資料にあった校内地図を母から見せてもらいました。私がびっくしたのは、図工室、理科室、音楽室が3つずつあったことです。3つずつなければ、授業ができなかったのだろうと思いました。

 祖父の話によると開校したばかりのころは、給食がなかったそうです。給食が始まったころのこんだては、パン、脱脂粉乳そしておかずでした。祖父は、
「脱脂粉乳は、すごくまずかった」
と言っていました。私は、
「今は牛乳でよかった。」
と思いました。
 ほかにも、東仙台小学校の近くの学校の関係について聞くことができました。私たちの東仙台小学校は、原町小学校から独立しました。そして、その後は、新田小、鶴谷小、幸町小、燕沢小、枡江小、西山小の順に分かれていきました。私はこの話を聞いて、これらの小学校が、東仙台小学校の兄弟だったと知り、ちょっと不思議な感じがしました。そして、2000人以上いた児童が、なぜこんなに減ったのかという疑問がとけました。
私は、祖父と母の話を聞きながら、この学校が守るべきものは、何かと考えました。私たちの57年という長い歴史をもつ学校にいます。これまで卒業生たちが、大切に残していってくれた歴史と伝統を受けつぐことだと思います。これから、東仙台小で学ぶ後輩のためにも、校舎、遊具、体育館はもちろん、人と人のつながりも大切にしていきたいと思います。そのためにも今、東仙台小に通う私たちが、みんなで仲良く支え合って、生活したり、地域の人々とのふれあいを大切にしていけたらいいなあと思いました。
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