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学校のあゆみ ・ 学区の北部には,児童養護施設「ラ・サールホーム」や,古瓦=須恵器(すえき)の出土で知られ ている大蓮寺のある小高い丘があります。この一帯は,昭和40年代に入り,安養寺中囲瓦窯跡, 安養寺下瓦窯跡,大蓮寺窯跡群等発掘調査が数回にわたって行われました。その結果,窯跡の起源は 5世紀にまでさかのぼることが証明され注目を集めました。 ・ 奈良時代の昔から,人々が往来した東街道が,原町,案内,比丘尼坂,今市と走っていました。 元禄2年6月24日,松尾芭蕉もこの道を通り松島を経て「奥の細道」の旅を続けたという話です。 ・ 本校は昭和23年9月1日,原町小学校から戦後第1号の学校として独立しました。東仙台地区は 農家がいくつか集落を作っていましたが,太平洋戦争で軍需産業工業地帯となり,働く人の寮が建ち 並びました。しかし,仙台空襲,そして,終戦によって工場は廃止となり,その跡は次第に住宅地と して発展し,住宅も多くなりました。当時,数キロも離れた原町小学校への通学は,児童にとって大 変でした。そして,住民の強い希望によって開校しました。開校して地域の人々が大喜びしたそうで す。 ・ 以後,学区内から、かつてのたんぼは姿を消し,急激な勢いで住宅地域として開発され,児童数も 急激にふえました。その結果,昭和41年に新田小学校,昭和46年には鶴谷小学校,幸町小学校, 昭和49年に燕沢小学校,そして,平成3年4月に西山小学校が分離独立しました。 ・ 校舎については,平成5年3月には新校舎(東側校舎),体育館が落成し、校舎増築改修工事が完了しました。西側,南側に残されていた木造校舎も平成5年4月に解体され,現在の校舎の姿となりました。平成10年度には耐震のため,屋上,階段,教室の一部の改修工事平成11年度には,新校舎1階体育館前に身障者用トイレが増設されました。平成15年には校内LANが整備され,情報教育が推進されるようになりました。 ・ 学区は新生会,振興会,松岡,松原,小田原中部,光ヶ丘,案内,協和会,お立場,ラ・サールホーム,東仙台住宅,みやぎの,の12地区に分かれています。昭和59年に学区を東西に走る利府街道の拡幅が完了し,交通量が増えました。そのような状況のもとで,交通事故防止,生徒指導の充実など地 域,家庭,学校が一体となった指導を推進してきました。 平成5年に文部省指定のエイズ教育推進協力校の指定を受けてからは,地域,家庭との連携を一層重視しながら健全な子どもの育成にあたってきました。 児童数と学級数 平成22年7月 1年 2年 3年 4年 5年 6年 まつのみ 合 計 1組 26 31 32 32 32 27 6 405 2組 26 32 32 33 33 27 5 3組 |
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